自分軸を持つということ

こんばんは。

 

仕事をする時にお酒を飲むのをやめましたが、

仕事後にお酒を飲んでしまって

夜更かししている啓子です^^;

 

 

でも、とっても幸せだなって思います。

 

 

会社に行くために嫌々起きたり

本来の仕事以外の人間関係で悩ませられたり

何のために生きているのか分からなくなって

何だか虚しさを感じたり

好きでもない誰かに自分を殺して気を遣ったり

そんな生活から解放された自分が

気持ちいいって言っています。

 

 

今は何時に起きるのも自由だし

自分の本来の仕事、使命のようなものが分かるし

それに向かって努力するのが楽しいし

誰にも変な気は遣わなくていいし

何より生きがいのある仕事があります。

 

 

でも考え方を変えたらどうでしょ?

 

 

きっと明日をも知れぬこの境遇に

不安と焦りを覚えると思います。

 

 

過去に対しての後悔や罪悪感に

苛まれていたかもしれません。

 

 

ほんの少しのことなのです。

 

 

同じ境遇でも

ほんの少し考え方を変えるだけで

見えてくる世界は違ってきます。

 

 

私が不安や焦りを覚えていたら

きっと今思うような幸運に恵まれないでしょう。

 

 

どうせダメだ、

自分なんて、

また上手くいかない、

お金が足りない、

一人ぼっちだ、

 

 

そんな風に感じていたら、

きっとその通りになっています。

 

 

そうは言っても

例えば私のように勢いで退職してしまった場合、

どうしても焦りがあったりしますね。

 

 

私の場合、同時に夫との別居もありました。

 

 

これから一人、

守ってくれるものはない、

 

 

そんな境遇です。

 

 

でも、2年以上経った今もこうして

何不自由なく幸せに生きています^^

 

 

これは自分軸がハッキリしていたからだと

私は思っています。

 

 

自分軸がハッキリすることとはどういうことか、、、

 

 

自分が何を欲して

何に幸せを感じるか、

そこを自分で認識していることです。

 

 

他人評価ではなく

自分評価ということです。

 

 

相対評価や絶対評価という言い方をしたりもします。

 

 

自分の幸せが分かっていて

人から何と言われようと

自分の幸せを感じられることです。

 

 

そして、自分が選んだ道に

責任を持つ!ということでもあります。

 

 

時に厳しいんですね、それは。

 

 

何かのせいにすると人は楽になれます。

 

 

自分のせいじゃなく、

社会のせい、

誰々のせい、

タイミングが悪かった、

運が悪かった、

そんな言葉で自分を可哀想な人にしてしまいます。

 

 

それは可哀想ではなくて

”なすり付け”ですね、笑

 

 

自分が選んだってこと、

自分が何をしたかってこと、
しっかり受け止めることが大事です。

 

 

受け止めたら、愚痴は出てきません。

自分は幸せだなって感じます。

 

 

すると、幸せは幸せを呼ぶのです。

 

 

なぜかお金が入ってきたり

なぜかお仕事のご縁ができたり

なぜか生き延びられます(笑

 

 

生き延びられること

それは自分のミッションがあるからです。

 

 

あなたが自分の境遇を

他人や社会のせいにすると

そのミッションを否定したことになります

 

 

だから、また否定を呼びますね。

 

 

否定が悪いのではなく

全て叶っているということです。

 

 

だから大丈夫!

 

 

現在、どんな境遇でも

あなたがあなたの使命を認識して

自分が選んだことだと心から感謝できたら

もう感謝することしか起こりません!!

 

 

全て叶っている、、、

そう♡感謝しかないのです♪

 

 

あなたの素晴らしさに気づいてくださいね!

 

 

I wish you feel happy♡

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「悔しい」という感情

こんばんは。

お酒を飲みながら仕事するのをやめた啓子です。

 

 

悔しいーーーーーっ!!

 

 

こんな風に感じたこと
誰しもありますね。

 

 

試合で負けた
テストで負けた

 

 

ライバルに先を越された
馬鹿にされた
騙された

 

 

人間だもの
いろいろありますね^^

 

 

え?わたしですか?

 

 

もちろん、あります!!

 

 

実は今朝もある人の記事を読んで

なんとも言えない想いにかられました。

 

 

 

そういう時って一生懸命

自分を守ろうとしていますね。

 

 

自分を直視できず、

認めることができず、

相手に感情の矛先を向けることで

ごまかそうとしています。

 

 

本当は違うのにね。

 

 

自分の心を見る、認める

ってことに怖れを感じています。

 

 

だから懸命に突っ張って、

隠して蓋をしようと無駄な努力しちゃうのですね。

 

 

蓋をしたその本当の心は

苦しくて悲しくて、、、

 

 

ここにいるよーーーって

隠さないでーーーーって

 

 

叫び続けるのですね。

 

 

だから隠したつもりでも

ずっとモヤモヤ、、、

晴れない気持ちになってしまいます。

 

 

 

でもね、わたしは最近はそんな感情が

一瞬で変われるようになりました。

 

 

メッセージをちゃんと

受け取ることにしたのです。

 

 

まず自分自身と自分の世界へ信頼を置きます。

 

 

そうすると、

悔しさは自己への愛おしさに変わり、

自分が今やるべきことが見えてきます。

 

 

隠してしまおうとしたその感情、

そこをありのまま見つめてあげるのです。

 

 

怖くても嫌でも直視しちゃいます。

 

 

そしたら気づくのです。

 

 

あーーーー、

その意味づけ、自分が勝手に決めちゃっていた!って。

勝手な「思い込み」だったって。

 

 

 

意味づけは、いつだって

誰でもない自分自身がしています。

 

 

自分を傷つけているのは

自分だったってことに気付けます。

 

 

そこに気付くと

メッセージが降りてきます。

 

 

さっきまでのモヤモヤはなくなって

安心できるのです。

 

 

 

私はこうして文章を書いていますが、

誰一人全く同じ顔や声がないのと同じで

全く同じ文章はどこにも生まれません。

 

 

そこには「個性」があります。

 

 

同じ意味のことを書いていても

文中に漂う空気感や伝わる温度などが

「らしさ」を表していきます。

 

 

「らしさ」に上下をつけるのは主観だけで

本当は「上手、下手」すら存在しません。

 

 

 

そこにあるのは「役割」だと思うのです。

それも自分の世界だけの「役割」です。

 

 

競争があるなら、

それを自分が選択しているだけですね。

 

 

この出来事から、

この人から、

 

 

何を感じたかったのか、

何を学びたかったのか、

 

 

そんなことを考えるとね、

私の世界で役割を演じてくれた人や出来事に

「ありがたさ」を感じずにはいられません。

 

 

「おかげさま」

 

 

いい言葉ですね。

 

 

こんなに素敵で世界を表している言葉、

日本語の響きって素晴らしいです。

 

 

悔しい!っていうのも

人間だからこそ♡

 

 

有難く感じ切りたいですね。

 

 

「サトリ」ということに近づくって

自分に優しくなることかもしれません。

 

 

ビバ♡ニンゲン